ノートルダム大聖堂の修復工事

2019年4月15日、フランスの象徴、パリのノートルダム大聖堂が炎に包れました。真っ赤な炎に包まれて、尖塔が崩れ落ちた映像を覚えている方も少なくないと思います。

そんなノートルダム大聖堂は修復が終わり、2024年12月8日に再公開されることになりました。

ノートルダム大聖堂
修復後のノートルダム大聖堂

ノートルダム大聖堂の修復はどのように行うべきなのか。かつてのような姿に戻すのか、あらたな外観を与えるのかに注目が集まりましたが、法的議論の塊でもありました。

というのも、ノートルダム大聖堂は指定歴史的建造物であり、文化財法典をはじめとした、様々な法律の網目の中にあるからです。したがって、火事の後の修復においても、法律で対応することが必要になりました。

フランス政府は、国会に「パリ・ノートルダム大聖堂の保存と修復に関する法律案」を提出しました。この法案は喧々諤々の議論の末、「パリのノートルダム大聖堂の保存および修復及びそのための全国寄付の創設に関する2019年7月29日法律第2019-803号法律」として2019年7月29日に成立しました。

https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000038843049

ノートルダム大聖堂の再建を可能にしたこの法律について、①立法理由、②どのような状態に戻すのか、③迅速な手続きの3つの観点から見ていきます。

政府は法案を提出した際に、法案提出理由の中で、なぜノートルダム大聖堂が大切なのかというところから説明します。

ここで注目されるのが、ノートルダム大聖堂の象徴的な意味です。それは単に美しいというだけでなく、長い時間の中で、人々の思いや歴史が刻まれ、過去を未来につなげていく存在だとされています。大聖堂の再建は、「共同の運命」を記録し続けていくために大切なのです。

法案提出理由は以下のように続けます。

https://www.legifrance.gouv.fr/dossierlegislatif/JORFDOLE000038409522/?detailType=EXPOSE_MOTIFS&detailId=

こうした歴史と文化を未来に伝えていく大聖堂の再建をめぐり主に検討されることになったのは、次の二つでした。

  • 国会と政府(大統領府)の権限のあり方。特に、どのような姿に修復するのか?
  • できるだけ早く修復を進めるために、通常のルールの例外をどこまで作るか?

政府提出法案を元に、この二つについて、とりわけ上院において激しい議論が戦わせられました。

もちろん、修復費用をどのように捻出するかも重要になるので、この法律ははじめの7条をフランス全国、そして全世界に呼びかける寄付金の扱いに割かれています。

もともとフランスでは寄付金は税額控除の対象とされ、文化事業への寄付は奨励されていました。通常は寄付金額の66%が税額控除(所得控除ではなく直接税金から引かれる税額控除です)の対象となるところ、ノートルダム大聖堂の修復にあたっては、1000ユーロまでは、75%の税額控除の対象となりました(法5条)。

さて、大きな議論になったのは、元の姿に修復をするのか。あるいは、これを機会にモダンな建築物とするのかということでした。

マクロン大統領は、はじめ斬新なデザインでの再構築を目指したようですが、多くの人々が反対しました。

政府提出法案に対して上院元老院は、「災害の前に知られていた視覚的状態に再建する」という条項を追加しました。

果たして国会が芸術的選択に口をはさむことができるのかも議論の対象となりました。

もとより、火災で倒れてしまった尖塔は、19世紀にノートルダム大聖堂を修復したヴィオレ・ル・デュックが作ったもので、これ自体、オリジナルのノートルダム大聖堂に存在したものではありません。

最終的に、この上院の修正案が採択されることはありませんでしたが、寄付金の使い道を指定する第2条に残りました。

いずれにしても、ノートルダム大聖堂は歴史的建造物と指定されているため、文化財法典が適用され、修復・修理・変更は行政(文化省)の許可なく行うことはできないとされています(文化財法典L.621‐9条)。

歴史的建造物として指定されるためには、その建物が歴史あるいは芸術的な観点から「公的な利益」を有するものでなければなりませんが(文化財法典L.621‐1条)、当然修復工事もこのような「公的な利益」を害するようなものであってはなりません。この法律に関する国会での議論を分析したマリー・コルニュ教授は次のように指摘しています。

したがって、ノートルダム大聖堂の再建においても、どのような形を目指すのかということは、国際的に積み上げられてきた議論や、他の分野の知見を考慮に入れ、決定されていくこととなるといいます。

2020年7月10日、マクロン大統領は、大聖堂を火事の直前の姿に再建するという方向性を示しました。そうした再建であれば、指定建造物の歴史的・芸術的観点から保存に問題は生じないため、その後この方針に基づいて、文化省が文化財法典に基づいて、必要な対応を行うことになります。

マクロン大統領は、5年以内の大聖堂の再建を目指しました。技術的観点もそうですが、他方で通常の法的ルールに則っていれば、とても間に合いません。そこで、どの程度通常の法的ルールを修正するかが問題になりました。

上院は大きく反発しましたが、最終的に、いくつかの重要なルールの変更がなされました、

なお、ノートルダム大聖堂の保存及び修復のための調査や各種事業の実施、調整及び遂行を担う文化省の管轄下におかれる公法人(EPRNDP)の設立が予定されました(法9条)。

この組織は、2019年11月28日の政令により発足しました。そのミッションは政令で詳しく定められています。

https://www.legifrance.gouv.fr/loda/id/JORFTEXT000039429294

この法律では、次の点について、法律上、通常の法律からの例外規定が設けられました。

条項通常の法規(原則)本条による例外(特例)例外の内容・効果
I-1°文化遺産法典 L.523-9:予防考古学のための考古学発掘は通常、認可された複数の事業者が実施することも可能公的機関(INRAP-フランス国立予防考古学研究所)が担当発掘実施者を単一の公的機関に集中させ迅速化
I-2°文化遺産法典 L.632-2 II:特別歴史的景観保護区域site patrimonial remarquableにおける建物の外観変更は事前許可が必要。その場合フランス歴史的建造物監督建築官(architecte du Bâtiment de France)の合意が必要だが、意見の対立がある際には、地域文化財・建築委員会(CRPA)の諮問が必須 (※ただし厳密には、ノートルダム大聖堂のエリアはまだ特別歴史的景観保護区域に指定されていないため、この条項は本来は直接的には関係がない)CRPAへの諮問が不要行政判断の迅速化
I-3°環境法典 L.581-4:歴史的建造物には広告全面禁止原則適用 但し、文化財法典L.621-29-8が定める条件に従い、商業的性格を有しない広告であって、専ら工事について一般公衆に情報提供を行い、その注意を喚起し、当該工事に従事する専門職の初期教育および継続教育を紹介し、又は寄付者に言及することを目的とするものについては、これを許可することができる。なお、許可された広告掲載の収入は再建工事に使われる。例外ではなく原則確認
I-4°環境法典 L.581-8は、指定歴史建造物周辺(abord)等の広告物掲載を禁止工事囲い及び工事区域にある仮設・高級構造物に3°と同じ条件で掲載可 
II-1°公有財産法典 L.2122-1-1:公有地の利用は許可制であり、行政当局が事前選定手続きを実施する工事現場の文化的、芸術的および教育的な価値を高めることを目的とする場合であり、大聖堂の宗教的行事を尊重することを前提に、行政当局は簡易公表手続きのみで、商業的活動を許可することができる手続軽量化
II-2°公有財産法典 L.2125-1:上記の利用の場合は原則有償無償許可可能柔軟運用

こうした規定に基づいて、修復現場の技術に関する展示などが行われていました。

ノートルダム大聖堂修復現場
ノートルダム大聖堂修復現場

なお、この11条のIIIにおいて、政府は、パリのノートルダム大聖堂の保存および修復工事、ならびにその周辺環境(地下部分を含む)の整備を、可能な限り迅速に、かつ十分な安全条件のもとで実施すること、さらにこれらの工事の価値を高めるため、本来法律により定めなければならないことを、オルドナンスにより制定することができる権限を付与されました。このオルドナンスは、道路、環境および都市計画に関する規則についての調整または例外を定めることができ、特に、各種計画文書の整合化、必要な許可の付与、ならびに適用される手続および期間に関する規定についての調整または例外を対象とします。

これに基づいて例えば、「パリのノートルダム大聖堂の修復の必要に基づく採石場の開発に関する決定について、地域採石場計画との適合義務を免除するための2020年11月18日付オルドナンス第2020-1395号」などがあります。

https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000042532376

https://aida.ineris.fr/reglementation/rapport-president-republique-relatif-a-lordonnance-ndeg-2020-1395-181120-dispensant

これは、できる限り元の石材と同じ石を使って大聖堂を再建するために必要となる石の調達にあたって、特別のルールを作るものです。本来は環境法典 L. 515-3 II条が定める手続きが必要で、その例外もまた法律で定める必要がありますが、例外を定める権限が政府に賦与されたため、オルドナンスにより、採石の特別な定めが置かれることになりました。

こうして見ると、ノートルダム大聖堂の再建は法律の塊だったことが分かります。

元々、歴史的建造物の保護や都市計画、国有財産の利用等が細かく法律で定められているため、その例外的扱いを行うにも、法的議論がかかせなかったためです。

ノートルダム大聖堂木組み
ノートルダム大聖堂の木組み

こうした法律上の重要性が見えにくいのは、例えば首里城の再建については、立法ではなく、関係閣僚会議によって行われ、補正予算によって実行されていったという違いも大きいように思います。

補正予算については、首里城再建のため8億円が計上されているようです。

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1042004.html

関係閣僚会議では、2019年12月11日に「首里城復元に向けた基本的な方針」が発表され、そこでは次のように宣言されています。とされ、ノートルダム大聖堂の再建法と同様に、アイデンティティや歴史・文化遺産としての重要性が強調されています。

またこの方針では1712年に再建され、1925年に国宝指定された姿に復元することも決められています。その上で、工程表が2020年3月27日に関係閣僚会議で発表されています。

その中では、可能な限りかつて首里城で使われていた材料を調達することが目指されています。

目指すところは同じかも知れませんが、フランスと日本の違いは、文化財の再建が法律事項になるのかどうかという、法は何を対象とするべきかという興味深い検討材料を提供するものだと言えると考えます。


[1] M. Cornu, « Le temps du droit, le temps des pierres. À propos de Notre Dame de Paris, le roman législatif (1/2) », Droit & Société. https://doi.org/10.58079/nxi1 (Consulté le 18 mars 2026)

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